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福島地方裁判所 昭和29年(ワ)27号 判決

原告 小松永子

被告 相馬市

主文

被告は原告に対し金七〇五、六一二円及びうち金五、六一二円に対しては昭和二九年七月三〇日から、うち金七〇〇、〇〇〇円に対しては同年一月三一日から、いずれも完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告、その他を被告の各負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分につき、仮に執行することができる。

事実

原告は、被告は原告に対し金九一二、八〇九円及びうち金九〇〇、〇〇〇円に対しては昭和二九年一月三一日から、うち金一二、八〇九円に対しては同年七月三〇日から、いずれも完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告は、昭和二八年九月二五日中村町立中村病院に十二指腸虫駆除のため入院し、同病院勤務の高橋金五郎医師の診査を受けた。

二、翌日ころ、同医師は、チモール二〇、ナフタリン一、一〇〇なる処方をし、同病院薬局勤務薬剤師早川俊子に右処方による投薬を命じたところ、早川は、不注意にもネマトール十二球を原告に服用させた。そのため、原告は、服薬後一時間でネマトール中毒をおこして、はげしい嘔吐を催し、数時間後には夢中になり、高橋医師の応急手当や各種の治療にもかかわらず、約一週間は昼夜の区別につかないようなはげしい中毒症状を呈したが、ようやく一命をとりとめ、同年一一月八日退院した。

三、原告は、これがためにネマトール中毒症による難聴症になつて、ほとんど両耳の聴覚を失い、かろうじて高音の聴取ができる程度で、頭鳴りがはげしく、事物の判断や計算なども十分思うようにできず、精神的、頭脳的の正常な活動力を失うようになつた。診断の結果によれば、右難聴症は、予後回復の見込みがないとのことである。

四、凡そ薬剤師として病院に勤務し、医師の処方によつて患者に投薬する責任を有する者は、十分に医師の処方箋若しくは処方命令に注意し、誤つて投薬することのないよう注意すべき義務があり、また特にネマトールのような薬は、何病に効力があるか、その副作用はどの程度のものか、そして一時にどの程度服用すべきものか、などは当然熟知していなければならないもので、多量に投薬して患者の身体を害しないようにする職務上の注意義務がある。また医師は、入院患者を診察して投薬する場合は、みずから投薬すると否とを問わず、誤つた投薬をしないように十分注意すべき義務がある。ところが早川薬剤師及び高橋医師は、いずれも右注意義務を怠つたために、原告に対し前記のような不治の身体傷害を生じさせたのである。

五、中村町は、中村病院の経営主体であり、早川、高橋は、中村町の被用者であり、中村町は、昭和二九年四月一日市制を施行して相馬市となつたから、被告は、使用者としてその責に任ずべきものである。

六、(1)  原告は、右受傷によつて、

(イ)  昭和二九年二月一六日ころ東京都神田駿河台二丁目三番地五高木医院で診断治療を受けてその代金四、六九〇円、

(ロ)  同年五月初旬から国立仙台病院で診断を受けて金五一二円、

(ハ)  同年同月中旬ころから仙台厚生病院に入院して治療を受け、同年六月二八日までに治療代など六、七三七円、

(ニ)  その間東北大学附属病院で診察治療を受けて八七〇円、

以上合計一二、八〇九円を支払つて、同額の損害を被つた。

(2)  原告は、大正一三年八月一五日生れで、昭和二二年一二月一一日訴外小松盛と婚姻し、その間に昭和二三年四月二一日長女みどりをあげた。右盛は、財団法人厚生会に勤務し、本俸七、九〇〇円、扶養手当一、二〇〇円、勤務地手当一、三六五円、合計一〇、四六五円(昭和二八年一一月現在)の支給を受けているが、三人家族を養うには十分な給料ではないので、原告は、洋裁の内職をして平均月収四、〇〇〇円を得ていたものであるが、前記受傷の結果、洋裁もできなくなつた。原告は、厚生大臣官房統計調査部刊行の第八回生命表によれば、昭和二九年一月一日から通常三八年間の生命があるものと推定されるのであるから、その間に得べかりし利益金一、八二四、〇〇〇円を失うことになつたので、これをホフマン式計算によつて中間利率年五分を控除し事故当時における一時払額に換算すると金六二八、九六五円五〇銭となる。

(3)  原告は、前記受傷によつて精神的、肉体的に甚大な苦痛を被つた。すなわち、原告は、本件受傷によつて難聴症にかかり、一生治ゆすることが困難と診断されており、これを労働基準法施行規則別表一の基準に求めるなら、その聴力の障害の程度は、第六級に該当する。また右受傷の結果、原告は、ヒステリー症が併発しやすくなり、夫婦生活も十分にできず、時折家庭の円満さえ欠くようになり、一子みどりの監護養育すら思うようにできないので、昭和二九年五月初めころからみどりを親族に預け、夫盛は、勤務先きである仙台厚生病院に宿直を願い出て、いくらかでも治療費にあてるため、超過勤務をして、家に帰らず原告自身は、仙台厚生病院に入院治療を受ける有様で、誠に悲惨な状況にあるから、その慰藉料は、少くとも金五〇〇、〇〇〇円を相当とする。

そこで原告は、被告に対し右(1) の一二、八〇九円及びこれに対する請求の日の翌日である昭和二九年七月二〇日から、(2) の金額のうち五〇〇、〇〇〇円、(3) の金額のうち四〇〇、〇〇〇円及び右二口合計九〇〇、〇〇〇円に対する同じく昭和二九年一月三一日から、いずれも完済まで年五分の割合による損害金の支払を求めると述べ、被告の主張に対し、

一、中村病院が、被告主張のように医療法三一条の規定によつて開設したいわゆる「公的医療機関」であるとしても、中村病院が中村町の経営にかかるものであることは、被告の認めるところである。そして、中村町は、単に同病院の開設者として開設業務のみを施行したものではなく、その後の同病院の運営にもあたるものであることは、同法三五条二項によつて明らかである。中村町は、右病院経営のため、同法一〇条に基き病院長を右事業執行の管理者すなわち民法七一五条にいわゆる「使用者に代り事業を監督する者」として選任使用するのであつて、医療法一五条は、使用者に代つて事業を監督する管理者の監督義務を明定したものに過ぎず管理者の監督義務の規定があるからとて、使用者としての民法七一五条の責任をのがれることはできない。

二、中村町は、高橋医師を任命使用するとともに医療法一八条の規定によつて早川を中村病院の専属薬剤師として任命して使用しているものであるから、中村町は使用者として民法七一五条の定める責任があるものといわなければならない。また一方管理者である病院長は、中村町の使用する高橋医師及び早川薬剤師を中村町に代つて監督する義務があるということになるので、同条二項によつて同病院長もまたその責に任ずべきものであつて、使用者(中村町)と監督者(病院長)との責任は、それぞれ独立して生ずるいわゆる不真正連帯債務となるものである。

三、その他被告主張事実のうち原告の主張に反する部分は否認する

と述べた。〈立証省略〉

被告は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、原告主張事実に対し、

第一、二項の事実を認める。しかし早川薬剤師が、ネマトールを与えたことは、不注意によるものではなく、当時たまたま高橋医師の処方した薬品がなかつたため、ひとしく十二指腸虫駆除薬として用いられているネマトールを与えたものである。

第三項の事実のうち、予後回復の見込がないとの事実は争うが、その他の事実はこれを認める。

第四項は、原告が不治の身体傷害を受けたとの事実を除き、その他の事実は争わない。

第五項の事実中、中村病院が中村町の経営に係るものであり、高橋医師、早川薬剤師が同病院に勤務していることを認める。

第六項の事実中、厚生大臣官房統計調査部刊行第八回生命表によれば、原告は、昭和二九年一月一日から三八年間の生命があるものと推定されることは争わないが、その余の事実は不知である。

と述べ、更に、被告に本件損害賠償の責任がない理由として次のとおり述べた。

中村病院は、中村町が医療法三一条の規定によつて開設した病院であるが、中村町は医師たる資格がないため、同法一〇条、一五条によつて、医師吉川長雄を病院長として病院の管理特に医療業務の一切を管理させ、医師、薬剤師、その他の従業員の監督に当らせ、その業務遂行に欠けるところのないよう必要な注意をさせているものである。中村町は、病院の会計の監督はするが、病院の医療業務については、全く指揮、命令をするものではなく、病院長以下病院勤務の医師の自由裁量に委ねられているものである。いいかえれば、病院勤務の医師、薬剤師は、中村町の意思に従つて医療業務を行うものではなく、全くその自由裁量によつてこれを執行する関係にあるから、本件には民法七一五条の適用はない。というのは、同条の被用者とは、事業の執行について多少なりとも使用者の意思に服すべき関係にある場合に限られるからである。仮に、中村町と中村病院で医療業務に従事する医師、薬剤師との関係が同条所定の使用者と被用者の関係にあるものとしても、中村町は、東北大学医学部、福島大学医学部専門家の推薦によつて、医師、薬剤師として智識経験の豊かな、資格のある医師吉川長雄、高橋金五郎、薬剤師早川俊子を選任したのであるから、その選任については過失なく、またその監督についても、中村町に代つて病院内における医薬業務の一切を監督する責任ある病院長吉川長雄が、平素から相当の注意をしていたものであるから、たまたま早川薬剤師に過失があつたにしても、中村町は、民法七一五条の使用者としての責任はない。それのみではなく、中村町は、中村病院の医療業務については、もともと監督すべき地位にあるものではないから、監督を怠るという問題を生ずる余地もない。被告は、被告に本件賠償責任のない理由を、以上のとおり述べた。〈立証省略〉

理由

原告が、昭和二八年九月二五日十二指腸虫駆除のため、中村町経営の中村病院に入院したこと、高橋金五郎が、同病院勤務の医師であり、早川俊子が、同病院勤務の薬剤師であること、高橋医師が、原告を診察し、右入院の翌日ころ、チモール二〇、ナフタリン一、一なる処方をし、早川薬剤師に右処方によつて、原告に投薬するよう命じたこと、同薬剤師が、ネマトール十二球を原告に服用させたこと、原告が、右服薬後一時間でネマトール中毒をおこし、はげしい嘔吐を催し、数時間後には夢中になり、高橋医師の応急手当などを受けたが、一週間ほどの間は昼夜の区別もつかないようなはげしい中毒症状を呈していたが、生命をとりとめて、同年一一月八日退院したこと、原告がネマトール中毒による難聴症になつてほとんど両耳の聴覚を失い、かろうじて高音の聴取ができる程度で、その後も頭鳴りがはげしく、事物の判断や計算などを思うようにできず、精神的、頭脳的の正常な活動が失われたこと、薬剤師として病院に勤務し、医師の処方によつて患者に投薬する者は、医師の処方箋または処方命令によく注意し、誤つて投薬することのないよう十分に注意すべき義務があり、特にネマトールのような薬は何病に効力があるか、その副作用はどの程度のものであるか、そして一時にどの程度に服用すべきものであるか、などということは、当然に熟知していなければならないもので、一時に多量を投薬して、患者の身体を害しないようにすべき職務上の注意義務があること、医師が、患者に投薬する場合には、みずから投薬すると、薬剤師に命じて投薬するとを問わず、誤つた投薬をしないように注意すべき職務上の義務があること、(薬剤師、医師の注意義務については、当裁判所も同様に判断する。)以上の各事実は、当事者間に争いがなく、甲第三、四号証、証人松永盛の証言、鑑定人前川康治の鑑定の結果を総合すれば、原告の右ネマトール中毒による難聴症、脳及び神経の器質的障害症は、予後も不良で回復の見込みは薄く、現在もメガホンで大声で話さないと、ほとんど音響の聴取が不能で、右高度の聴覚障害を健康な状態に回復することは、おおむね困難であることが認められる。

早川薬剤師の過失について。

証人小松盛、高橋金五郎、早川俊子の各証言、前示鑑定の結果を総合すれば、高橋医師の処方箋は、前記認定のとおりであつたのに、早川薬剤師は、処方箋記載の薬品がなかつたため、独断でこれにかえてネマトール十二粒を原告に投与したこと、その服用方についても原告に格別の指示をしなかつたこと、ネマトールは、ヘノボジ油製剤であるが、ヘノボジ油の常用量は、一回〇、二グラム、一日〇、六グラムであるのに、本件十二粒のネマトールのヘノボジ油含有量は、三、六グラムで、まさに一日の常用量の六倍にあたり、このような大量を頓用すれば、人体に副作用または中毒を及ぼす恐れのあることは当然と考えなければならないこと、ヘノボジ油は薬用量においても、その副作用として患者の一六%は嘔吐を催し、二〇%は難聴にかかること、などが認められるから、早川薬剤師は、薬剤師として払うべき前示職務上の注意を怠り、独断で高橋医師の処方箋と異る投薬をし、しかも誤つて多量のネマトールを原告に投与したため、原告が前示傷害を受けるにいたつたものといわなければならない。

被告の責任について。

中村病院が中村町の開設した公的医療機関であることは、当事者間に争いがなく、証人三田三郎、吉川長雄、早川俊子の各証言に被告弁論の全趣旨を総合すると、中村病院勤務の医師、薬剤師は、中村町が採用、任命する地方公務員であり、医師吉川長雄は、同病院の病院長で、医療法一〇条の規定による同病院の管理者であることが明らかであるから、同医師は、右管理者として、同法一五条の規定に基き、同病院に勤務する早川薬剤師を監督し、その業務遂行に欠けるところのないよう必要な注意をしなければならないのに、右管理者が早川薬剤師の監督について相当の注意をしたと認めしめる証拠がない。被告は、中村町は、中村病院勤務の医師、薬剤師の選任については十分注意したし、また同病院の医業については監督すべき地位にないのであるから、早川薬剤師の過失によつて原告が損害を被つても、中村町にこれを賠償すべき義務はないと主張するからこの点について判断するに、都道府県、市町村などは、その開設する公的医療機関の医業そのものを行う資格はなく医師の個々の医療行為、薬剤師の個々の調剤行為そのものについては、直接指揮、命令をすることはできないが、それがために開設者に全然監督義務がないものということはできない。開設者は、医師、薬剤師、その他の職員が、全体の奉仕者として、公共の利益のために全力を挙げてその職務に専念勤務しているかどうか、その人格、識見、行状、技能などから、はたしてその職員がその職に必要な適格性を有するかどうかを監視し、その職務遂行について支障のないように常に監督すべきものであることはいうまでもない。ただ医療、医薬品の調製、調剤などは、一定の資格を有する者のみが行い得るところで、多分に専門的知識を必要とし、医師でない開設者は、前記監督義務を通じて右医療行為などを十分に監督することは相当困難であることを顧慮して、医療法一〇条は、開設者に対し医師に病院を管理させるべきことを命じ、同法一五条は、管理者の監督義務、注意義務を規定したものであつて、(同条が医療行為に限つて監督義務を規定したものではなく、広く一般的な監督義務までも包含するものであることは、「その他の従業者を監督し、」といつていることから明らかである。)同条は、特に開設者に代つて監督すると明定してはいないが、開設者が、医師でない場合には、(開設者が同時に管理者である場合に、代つてというのは無意味である。)管理者によつて、開設者の監督義務をより確実に、より適正に行わせ、開設者に欠けるところを、これに代つて十分に監督させようとしたものにほかならないと解すべきであるから、同条の規定があるからとて、開設者の監督義務が排除されたものということはできない。すなわち開設者は、法律上当然に管理者を任命しなければならないのであり、管理者は、また当然に開設者に代つて前示一五条所定の監督をするものであると解するのを相当とするから、管理者は、まさに民法七一五条二項に規定する監督者にあたるものといわなければならない。ところが、右管理者吉川医師が、早川薬剤師の監督について懈怠がなかつたと認め得ないことは、前記認定のとおりであるから、使用者である中村町は、右管理者の右懈怠を自己の過失としてその責に任ずべきものであつて、管理者の選任について相当の注意をしたことを理由としてその責をまぬかれることはできない。そして中村町が、昭和二九年四月一日市制を施行して相馬市となつたことは、被告の明らかに争わないところであるから、被告は、右管理者の前示懈怠によつて原告の被つた損害を賠償する責に任ずべきものである。

原告の被つた損害額について。

(1)  証人小松盛の証言でその成立を認める甲第六号証、成立に争いのない甲第一一号証から第一四号証までを総合すると、原告は難聴症治療のため

(イ)  東京都中央区株式会社興医会に、昭和二九年二月一七日金四、六九〇円、

(ロ)  国立仙台病院に昭和二九年五月七日金六三円、翌八日金四四九円、

(ハ)  東北大学医学部附属病院に昭和二九年五月一八日金三五〇円、同月二九日金六〇円、

以上合計金五、六一二円を支払つて、同額の損失を被つたことを認めることができる。

なお甲第七号証から第一〇号証まで、第一五、一六号証によれば、原告は、仙台厚生病院附属看護婦会に二、二〇五円、東北大学医学部附属病院に四六〇円、仙台厚生病院に四、五三二円を支払つたことが認められるが、これらの書証に鑑定人前川康治の鑑定の結果を総合すると、右支出は、主として原告の右側肺結核の治療のための費用であり、しかも右肺結核が本件中毒後の肉体的、精神的働撃によつて発病したものであるかどうかは明らかでないことが認められるから、右は本件事故による損害ということはできない。

(2)  甲第一号証に証人小松盛の証言、鑑定人前川康治の鑑定の結果を総合すると、原告は、大正一三年八月一五日生れで、洋裁を修得したので、小松盛と婚姻後は、洋裁の内職をして、少くとも平均四、〇〇〇円の月収をあげていたが、本件受傷のため、肉体的負荷を要する洋裁をすることは無理であるのみではなく、ミシンを踏むと頭に響き、頭痛がはげしくなつて到底洋裁をすることができなくなつて、右収益をあげ得ないようになつたことが認められ、厚生大臣官房統計調査部刊行第八回生命表によれば、原告は、昭和二九年一月一日からなお通常三八年間の生命あるものと推定されることは、当事者間に争いがなく、また婦人は、五五才くらいまで洋裁に従事し得ることは、経験則によつてこれをうかがうことができるから、原告は、昭和二九年一月一日から昭和五四年八月一四日までに得べかりし利益金一、二二九、八〇六円を失つたことになるのであるが、これを一時に請求するのであるから、ホフマン式によつて計算すれば、(年利五分の割合による中間利息控除)金五三三、一五六円となる。

(3)  原告は、前に認定したように、本件事故のため、高度の難聴症になつて、方々の診断治療を受けたが、治ゆの見込みがなく、精神的、頭脳的にも正常な活動力を失つたほか、なお甲第三号証、証人小松盛の証言及び鑑定人前川康治の鑑定の結果を総合すれば、原告は、中毒後左側耳鳴が特にひどく、頭全体が始終がんがんしており、ヒステリー的で、怒りつぽくなり、物音が聞えないので子供といつしよに遊んでやることもできず、家庭生活も時に円満を欠くようになり、夫の月収は一〇、〇〇〇円くらいなのに、内職をして家計を助けることもできなくなつたことが認められ、肉体的、精神的苦痛の甚しいことが明らかであるから、その慰藉料の額は金二〇〇、〇〇〇円を相当と認定する。

そうすると、被告は原告に対し(1) 五、六一二円及びこれに対する昭和二九年七月三〇日(この部分の請求の書面が被告に送達された日の翌日である。)から完済まで年五分の割合による損害金、(2) の金額のうち五〇〇、〇〇〇円、(3) の二〇〇、〇〇〇円及び(2) (3) の合計七〇〇、〇〇〇円に対する昭和二九年一月三一日(訴状送達の日の翌日である。)から完済まで年五分の割合による損害金を支払うべき義務あることが明らかであるから、原告の本訴請求は右認定の限度において正当としてこれを認容すべきも、その余の部分は失当であるから、これを棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 齊藤規矩三 小堀勇 松田富士也)

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